8月26日夕、メモリアル・サービスで、友人のセス・マーシュさんがしてくれたスピーチです。
CSCはあこが1年間勤めたコンピューターの会社だ。そこであこの「さよならパーティー」が開かれた時のこと。彼女は椅子に深く越し掛け、ある事業計画を口にした。
あこは想像力溢れる女性で、何でも一直線に突っ走るタイプだった。実は前にも僕はあこの「計画」を聞いたことがある。あれは確か、フォーチュンクッキーの工房を始めようとか何とか言っていた。2人で中華料理を食べた時にあこのフォーチュンクッキーのおみくじは、あまりハッピーなものではなくて、彼女はえらく落ち込んでいたんだ。食事が終わると「私、いいこと思いついた」と工房の話を始めた。
パーティーの席上、あこが発表した「計画」も同じ類のものだった。「バーをやろうと思うの。もちろんちょっと変った店なんだけどね」。
さよならパーティーには20人くらいの同僚が集まっていた。実際、あの時CSCは大変な目に合っていたころで、業績もむちゃくちゃだった。仲間は次々と解雇されていった。あこは先手を打ってクビを言い渡される前に辞めたわけだ。でも他の仲間も解雇通告をじっと待っているような状況だった。だからこのパーティーは最後のお祭り騒ぎってところだ。みんな明るくてちょっとハイになっていた。でも先は長くないことくらいみんなよく分かっていたんだ。
仲間たちはあこの「バー計画」に耳を傾けた。が、だんだん困惑した表情に変っていく。
「あこの店」はほかの店とちょっと違う。まず、2人までしかお客は中に入れない。狭くて、明かりもちょっと暗め。だから向こうの端までは見えない。ジャズが静かにリズムを刻む。表の通りは大騒ぎで混雑しているのに、この店に入るとしーんとして暗い。もし誰かと一緒になったとしても会話を交わすことなどはしない。
CSCの仲間はじっと聞いていたけれど、信じられないといった顔つきだった。
「お客がたった2人だけ?」と素っ頓狂な声。「それじゃあ1週間でつぶれちゃうわよ」「何にもなくなっちゃうよ」「そんなのバカみたいじゃん!」
「そういうことじゃないのよ」とあこが手をヒラヒラさせてテーブルの周りのみんなを黙らせた。「あのさ、あのね」と次はバーテンダーの話を続ける。バーテンはすごく寡黙でさ、
じっと影に隠れちゃってるのよね。
あこはバーテンがお客にどうやって接するのかをやって見せた。
そっと近寄ってきて手をこうやってちょっとだけ上げるわけ。でね何かボソボソってささやくの。絶対ベラベラしゃべったりしないんだから。お客が何か考えたり、思いついたりするとね。そのバーテンは二言、三言ささやくの。それを聞くとお客の考えがささっとまとまるのよ。あ、そうかそうかって。だからさ、こんがらがって答えが欲しいなあって時に行ったらいいわけ。お酒なんて別に飲まなくたっていいんだから。
同僚たちはそれを聞いて急に騒ぎ出した。いろいろな事を口々に言い出したんだ。月曜日の夜はさー、フットボールのスペシャルデーにしたら?サービスタイムはいつにする?ダーツもいいよねえ、そうだ、トップレスのお姉ちゃんを置くってのはどう?みんな「あこの店」を成功させようと必死だった。そしてあこのアイデアを何とか変えさせようとした。
でもあこは頑固だった。その夜はああでもない、こうでもないとふざけあって更けていった。さて、とうとうお開きで別れる時になると、みんなあこを抱きしめて頑張ってねと言った。僕たちが外に出ると後ろの方から「あまり意固地になるなよー」とか「トップレスの女の子は使ってみてくれよなー」とか声が聞こえた。
その夜、あこは大した役者だった。どれだけ冗談を言いまくっていたかわからないくらいだ。でも僕は思うんだ。儲けばっかり考える事ないんじゃないの、ホッとしたい時にいつでも立ち寄れる店があったっていいじゃないねえって言いたかったんじゃないかな。
ある日あこが部屋から電話をかけてきた。気分が悪くて横になっていると言う。僕はすぐに彼女を訪ねた。熱がある。寒気もするし弱り果てていた。そのうち治るかと思っていたけれど、次の日になっても変らなかった。医者に行って薬をもらってきたが、熱はなかなか下がらない。
突然、あこが起き上がってベッドサイドのテーブルに置いてあったノートを掴んだ。髪はボサボサで、頭を起こすだけでもクラクラしているようだった。でもその顔には何か決意のようなものが感じ取れた。「ねえ、何やってんだよ」と僕。「私、これから治すわよ」とあこは答えた。
あこは僕にペンと時計を取ってと言った。これから自分の熱を記録するんだと言う。熱が上がったなと思ったら、体温計で熱を測り時間も一緒に書きとめる。ちょっとひいてきたかなと思った時も書いておくんだと説明してくれた。変な治し方だなと思ったが、それがあこのやり方だった。時計を握り締めてベッドの中でガタガタ震えている。腹這いになってへんちくりんな字だったけれど、自分の体温と時間を記録していった。次の日にはその記録が何ページにも増えた。快方に向かっていたが、完全に治るまで記録は続けられた。
後になって考えてみると、あこはいつもそうだったんだなと思い当たった。もっとうまくなりたい、じっくり考えたい、情報収集しなきゃ。そんな時あこはいつでもペンと紙を手放さなかった。
あこと僕がモントリオールに旅をした時のことだ。僕たちは騒がしい街の真ん中にあるユースホステルに宿を取った。フロント係は若い男だった。パリッと決めていてなかなか格好よかった。
あこはすぐに「イイ男エディー」とあだ名をつけた。彼はエディーって名前ではなかったように思うけれど、とにかくいいやつだった。地図をくれて一番いいバスルームのある部屋を割り当ててくれた。ロビーで3人で長いことおしゃべりもした。
「イイ男エディー」はあんたたちツイてるよ、と言った。先週は熱波でさ、暑くてどこにも行けやしなかった。部屋の中でじーっとしてるしかなかったんだぜ。ホント、ラッキーだよ。
エディーは部屋に案内して、荷物を運ぶのを手伝ってくれた。彼が行ってしまうと、あこは部屋の中をズルズルと足を引きずりながら歩き回った。
「あんたたちツイてるよ、か」あこは言った。ふーん。ツイてるんだ。もう一度口の中でボソボソと繰り返した。その言葉の響きが気に入ったようだった。「イイ男エディー」は最初から分かっていたのね。私たちの間には特別な素敵な何かがありそうだってことを。「ツイてる」と声に出すと、それはますます真実味を帯びてくる。
僕は荷物をベッドの上に放り投げた。あこは窓際に立ち、眼下の通りを見下ろした。車がたくさん行き交っていた。ファーストフードのお店のギラギラした明かりが射し込んできていた。酔っ払いが近くのバーからドッと出て来た。何だかうるさい夜になりそうだ。
あこは頭を窓に押しつけた。そして「私たちツイてるわね」とつぶやいた。
(セス・マーシュ/翻訳・香取由美)
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